教育は日常の中にこそある


Tokyo / Sunday /  9.8℃ / rainy


教育は特別なものではなく

日常の生活がそのまま教育である

と改めて思う出来事があった

それは、茶道の師匠との雑談中であったが

最近の子どもはきちんと

座ること(正座)ができない

と何度も言われていた

そして、更には家庭環境の変化で

今まできちんと座れていた子どもが

座れなくなるということも言われていた

これは何か根拠があるわけではないのだが

座る(正座)という行為は

仏教や瞑想などにも取り入れられているが

体調や精神状態がわかりやすいものである

体調や精神状態が安定していれば

訓練次第では長いこと座ることも可能だが

反対に不安定な状態であると

どんなに訓練しても座ることができない

これは、何十年も座ることに慣れている

私たちでさえもそうである

茶道は座ること自体が教育ではないが

座ることは基本の「キ」であり

座ることができなければ

その後に何も教えることができない

これは他のことにもいえるであろう

マナーや言葉遣い、立ち振る舞いも含め

形を教える前にまずはそれを受け入れられる

気持ちが必要不可欠であるのだ

こうした気持ちを育てるのは

何も特別なことではなく

日常生活においての子どもへの

声掛けや配慮である

親の振る舞いを見て子どもは育つ

とはよく聞く話だが

子どもたちが上質な教育を受けるための

心構えを日頃から作り上げていただきたい


愛と感謝をこめて

Ravissante 愛

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【 Today's message 】

人は教育によってのみ人生を変えられる









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